![]() ![]() 日本帰国後1ヶ月が経過した2005年4月の暖かい休日、ふと思い立って横浜へ行ってみました。横浜なんて伊豆と同じで近いからいつでも行けると思って、なかなか行かないものなので、帰国後久しぶりに行ってみようと思い立ったのです。すぐに車に乗って出発です。 今日は本当にいい天気。帰国後すぐは肌寒い日が続きましたが、今日はポカポカと暖かく、絶好のドライブ日和でした。乗ってすぐ高速道路に入り順調に流していきます。休日の夕方の上り線はあれほど渋滞する湾岸道路も、午前中はすいていてスイスイ。オーディオ鳴らし、オデッセイの快調なエンジンサウンドを楽しみながら気持ちよく運転し、右にレインボー・ブリッジを見た後に東京湾トンネルをくぐり羽田空港の脇を抜けた後、久しぶりに見るベイ・ブリッジまでたどり着きました。
相変わらず大きな橋でした。 このベイ・ブリッジ、首都高湾岸線の横浜エリアに出来たのは今となってはもう10年以上も前だったでしょうか。その時はとても評判になり、夜になると橋の両側にはカップルの車が延々と止まって夜景を楽しんでいたものです。手前にある大黒PAには夜な夜な派手な車が集まっており、大音量で音楽を鳴らしていたものでした。今でもそうなのでしょうか? などと思いつつ、もったいないからゆっくり走りました。 久しぶりに走ると、確かに非常に大きな橋です。今でこそ近くのレインボー・ブリッジにお株を奪われてしまいましたが、それでも実に美しい橋です。 さて、ベイ・ブリッジを過ぎるとすぐに横浜市街に入りますので、グルリと回って、山下公園ICで下におりました。山下公園はそこからすぐですが、やはり休日のため、道路は非常に混雑していました。なんとかそこを抜け、ここに来るときはいつも車を止めていた、公園の東端にある公共駐車場に車を入れます。ここで既にお昼になりかかっていたので、先にランチにすることとし、懐かしの中華街に向かって歩いて行きました。
この入り口の門もまた懐かしい! 思わず記念撮影をし、中に入ってゆっくり歩いていきます。 中はまだお昼前なのに、すごい人ごみです。なんだか、以前よりも一層混雑している感じを受けました。主だったお店の前には順番待ちの人たちの長蛇の列。とても待つ気はしなかったので、ウロウロとすいていそうな店を探しますが、どんな裏通りに行っても人だらけ。相変わらず中華街の人気は高いのですね。 実はフカヒレラーメンのおいしい店、を狙っていたのですが、そこもとても混んでいて何分待てば入れるか分からなかったので、違う店を探したのです。たまたまテーブル1つ空いている店があったので「やれやれ・・・」とばかりにランチをとってきました。 中華料理大好きの私にとっては至福の時でした(笑)。食べたのは天津丼でしたが、とてもおいしかったですね! 昼間っからビールを飲みながらゆっくり食べた後は、幸せ気分一杯で、今度こそ山下公園に向かいます。
上がってみると意外と高いことに気が付きます。そうですね、これでも高さ100mもあるのですからかなり高い、ビルで言えば25階からの眺望と同じ位あるのです。 そこからみた360度の眺めは最高でした。遠くには「みなとみらい」や先ほど通ったベイ・ブリッジが見えるし、眼下には山下公園の美しい緑、先には停泊している氷川丸まではっきり見えます。 いや〜、やっぱり横浜はいい街だなあ。以前から好きな街でしたが、しみじみそれを再度実感出来ました。 (マリンタワーと氷川丸のWebサイト http://www.hmk.co.jp/index.html )
さて続いて山下公園に入ります。この公園はとても広くて、ちょっと人が多いですが、海からの風も気持ちよい、いい公園です。のんびり歩いてベンチで座って、芝生の上でゴロン、というシチュエーションがとても良く似合います。しばらく歩いて景色と、顔に心地よい海風を楽しんだ後、観光船乗り場の隣に停泊している氷川丸に入ってみます。実はこれまで氷川丸には乗ったことがありませんので、とても楽しみでした。
ガイドを見たら、氷川丸は1930年(昭和5年)に竣工し、以来、北太平洋のシアトル航路を238回も往復したとのことです。かつてはあのチャーリー・チャップリンなども乗船したとのことですが、30年たった1960年(昭和35年)にその役割を終え、現在の山下公園に係留することになったとのことでした。では乗り込むこととします。 (マリンタワーと氷川丸のWebサイト http://www.hmk.co.jp/index.html )
エンジンルームを見たあとは船内をぶらぶら歩きます。昔の客船の模型を飾っているコーナーには、あのタイタニック号も飾ってありました。また、秩父宮様が乗船された時に使用したチェアもあります。さらに操縦桿の脇で船長さんなどの服をレンタルして記念撮影出来るところもあります。子供連れの方にはいいかもしれません。
また、私は以前、サンフラワー号で東京〜那智勝浦まで特等室に泊まったことがありますが、その方がよほど広く感じました。 それらに比べたら氷川丸の特等室は立派とは言え、わずか8畳程度の広さだったので、そのあたりが当時の日本の限界なのかな?? などとも考えてしまいましたが、シックかつクラシカルな雰囲気は最上級でした。
入ってみると、大きな操舵機がありました。その位置は前面の窓から結構離れていて、こんなんで前方が見えるのだろうか、と思ってしまいます。 当時はこの舵取りをしながら「面舵(おもかじ)いっぱ〜い」「取り舵〜」とかって話していたことでしょう。
デッキに出るとそこには木製のテーブルとチェアが並んでいて、ちょっとした喫茶エリアになっています。そこで風を受けながら昼から飲むビールは最高です! 向こうには「みなとみらい」もはっきり見えるし、反対側にはしょっちゅう出入りするシーバス(Sea Bus)を見ることが出来ます。 このあたりで夕方になったので、氷川丸を出て山下公園をぐるりと歩いた後、帰ることにしました。 久しぶりの横浜、エンジョイ出来ました。本日は時間がなくて行けませんでしたが、今度はまた懐かしの「港の見える丘公園」や「外人墓地」、「元町」あたりをぶらついてみたいと思います。 (2005年10月2日) |
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